「地球市民」とは?〜僕の地球市民宣言!

みなさんこんにちは。
津軽三味線 唄うたい の「つむぎ人HIDE」です。

「地球市民宣言」についてお話ししたいと思います。

「え?まってまって、政治の話はちょっと!」とか、「宗教の話しじゃないの?」って心配してる人いますか?

大丈夫です。その、真逆の考え方です。

「地球市民」とは、政治や宗教に頼らず、色んな問題(戦争や地域格差、世界の貧困の問題)を解決しようという考え方なんです。

そして、沢山の著名人や有名人が「地球市民宣言」をしています。

また僕が、「つむぎ人」として作曲活動していく上で、影響を受けている考え方の一つでもあります。

その「地球市民宣言」をした人や考え方について、わかりやすく解説したいと思います。

「地球市民」ってなに?

ウィキペディアで検索してみました。
地球市民(ちきゅうしみん)とは、人種国籍思想歴史文化宗教などの「違いをのりこえ、誰もがその背景によらず、人として尊重される社会の実現」を目指し、活動する人々のことをいう。

となって、います。

「ふ〜ん!」ですね!

ウィキペディアに書いているので、間違いは無いでしょうね!

なら、この地球上に地球市民以外存在するってことなんでしょうか?

じゃ、誰が「地球市民」で、誰が「地球市民以外」なんでしょうか?少し、疑問が残ります。

もう少し掘り下げて考える必要がありそうですね!

「地球市民」の歴史

イメージ画像

それでは、「地球市民」って言葉はいつ頃から使われているんでしょうか?

古代ギリシャに、「ディオゲネス」(紀元前412年?〜紀元前323年)さんという哲学者がいました。

大昔の話しですね。

今とは、意味合いが若干違いますが「あなたの国はどこか?」と尋ねられ、「自分はどこの世界にも属さない、世界市民(コスモポリタン)である!」と言ったそうです。

ディオゲネスさんは、国という枠組みから解き放たれた、「世界市民」「地球市民」という言葉を世界で初めて使った人と言われています。

一般にはあまり聞きなれない言葉ですが、その歴史は相当古いようです。

「地球市民宣言」をした人

ジョンレノン(ビートルズ)

ジョンレノンはイマジンの中で言ってます。

「想像してごらん  天国なんて無いんだと」

「ほら簡単でしょう」

「地獄なんて無いし」

「みんながただ生きてるだけ」

「想像してごらん  国境なんて無いんだと」

「難しく無いでしょう」

「殺す理由も死ぬ理由も宗教も無い」

「ただ平和に生きてるだけ」

忌野清志郎(RCサクセション)

忌野清志郎も、イマジンの詞翻訳して歌っています。

「天国も無い、ただ空があるだけ」

「国境もない、ただ地球があるだけ」

「みんながそう思えば、簡単な事さ」

おお、こちらの方がずっとシンプルでわかりやすいですね。

さすが「清志郎」です。

 

他にも、「地球市民宣言した著名人、有名人」をネット検索したんですが、見つかりません。

おかしいな〜!ネットでは、僕が「いち番乗り」ですか?

そんな事は無いと思います。

色々、事情があるんでしょう!

また今後、「地球市民宣言」したアーチスト等をリサーチして、情報の更新をどんどん行って行きたいと思います。

そして、このページを有名人の名前で一杯にしたいと思います。

「地球市民」という考えに落とし穴はあるのか?

実際、地球市民宣言をしている企業や市町村は存在します。

また、地球市民と言う名前を使い活動している組織もあります。

会費を集めたり寄付金を集めたりして、地域格差や貧困格差をなくす為の活動などをしているみたいです。

これは慈善団体が地球市民という名前を使っているんですね。

 

しかし、僕は地球市民という考え方はあくまで宣言する事であり、行動では無いと思います。

 

何故なら、仮に「地球市民の会」という組織があるとします。

すると、自然と「反地球市民思想」が生まれます。

結果、「地球市民」対「反地球市民」という無言の戦争が勃発することになります。

これなら、「地球市民」を宣言する意味がありません。

 

僕の考える「地球市民」

例えば、日本と外国で紛争があり、近々戦争が起こりそうだとします。

これは、お互いの国の利害が衝突するので、仕方のないことです。大変残念ですが、戦争は避けられない状態です。

 

しかし、国は違えどお互いが同じ「地球市民」同士だとします。

地球全体の利害を考えると、自国の要求を譲歩した方が、より大きな利益が得られます。

そして、戦争も回避できます。

地球市民という考え方は、「アイデンティティ」であり「よりどころ」です。

国が違うのは当たり前!宗教が違うのは当たり前!考えが違うのは当たり前のことです。

でも「地球市民」という「よりどころ」があれば考え方が違っても、お互い譲歩する事が出来ます。

なぜなら、「平和」という誰にとっても大きな「利益」が得られるからです。

反 地球市民 思想は存在するのか?

地球市民思想が広がると、困る人達がいます。

それは、戦争によって利益を得ている人達です。

そんな人がこの世の中に存在する事自体、僕には信じられません。

しかし、実際に武器商人と呼ばれる人達が存在します。

そして、その利益は莫大な物になります。

武器商人には、人間の善悪なんて考えは吹っ飛んでしまう程の、富がもたらされます。

なので、人の命なんてお金にしか見えないのでしょう。

直接、武器の販売に携わらなくても、戦争ビジネスは沢山の人に仕事を与えてくれます。

そして、それが我々人類が歩んできた歴史なんですね。

人間とは、平和が長く続くと刺激を求めてしまう宿命なんです。

競い争い殺しあう生き物なんです。

しかし、戦争は本当に悲惨です。

戦争は、最後の最後の手段です。

なんとか、回避しないといけないんです。

この事を、人間はつい忘れがちです。

そして、この歴史を断ち切る事が出来るとすれば、それが「地球市民宣言」です。

あなたもぜひ、地球市民宣言をして下さい

ここまで、読み進めて頂きありがとうございます。

ご賛同、頂けたなら是非あなたも「地球市民宣言」をして下さい。

何も難しく考える必要はありません。あなたはただ、心の中で「私は地球市民です」と呟くだけでいいんです。

そして、誰かと争いごとが起こった時、「ああ、この人も同じ地球市民同士なんだな!」と気づいてあげてください。

また、相手に地球市民宣言を強要する必要はありません。

あなたが、気付くだけでいいんです。

例え国籍が違えど考えが違えど宗教が違えど相手に対して「ああ、同胞なんだ」と感じて下さい!

そして、同胞に対するやさしい目で、やさしい言葉で相手と接して下さい。

もし、各国のトップが「地球市民宣言」をする日がくれば、それは世界平和の幕開けです。そして戦争と殺戮の歴史の終焉であることは間違いないでしょう。

自ら「地球市民」であると自覚を持ち、全ての人が同胞であることの喜びを、貴方は手に入れる事が出来ます。

こうなれば、どんな世の中になるか想像してみて下さい。

僕は、その日が来ることを確信しています。

まとめ

とりとめもない話しを、してしまいました。

しかし、これが「つむぎ人」の悲願なんです。

少しでも沢山の人に「地球市民宣言」を知ってもらいたいと願っています。

その為に、長々と書かせて頂きました。

 

ひとつ、僕の話をしたいと思います。

僕は、毎日介護の仕事をしながら、シンガーソングライターをしています。

人生の最後を迎えるお手伝いしながら、沢山の人の生き様を見てきました。

人間は最後の最後まで、僕たちと何も変わる事なく必死で生きています。

嬉しいし、悲しいし、腹も立つし、好きにもなります。

人間は幾つになっても何もかわりません。

負けたく無いし、寂しがりやなんです。

もしかしたら、同じ進化をたどってきた動物も、同じなのかもしれませんね!

動物も負けたくないし、寂しいのかも!

そう思うと、「地球市民宣言」が受け入れられ、世界平和が確立された時には、「人間は人間じゃ無くなるのではないか?」と思います。

次の形態に進化する? ははは!

 

変な話しついでにもうひとつ、僕は「人間同士はみんな繋がってる」と思ってます。

近くにいる人に、「今から言おうとした事を、先に言われる事」って、よくありますよね!

あれですよ、あれ!「人間はみんな繋がってるんです。」なので、人間はまだまだ可能性を秘めてますよね!

お付き合い、ありがとうございました。

津軽三味線の音色と共に、僕の思いが貴方に届きますように!

by つむぎ人 HIDE

おまけ

僕の悲願でもある、戦争の無い世の中!

「戦争の悲惨さ」を思い出して貰えたらと思い、僕が作った歌があります。

津軽三味線の音色と共に、お聞き下さい。

下の再生ボタンを押してね!

この曲の元になった「百枚めの写真」と言う演劇について

「トムプロジェクト」と言う劇団による「百枚めの写真〜一銭五厘の横丁〜」という演劇があります。

この曲は、僕がこの劇を見に行った経験をもとに作りました。

「百枚めの写真」のあらすじを、簡単に説明します。

主人公の父が残した「町の写真館」の倉庫から、99枚の家族写真が戦後20年の時を隔てて見つかりました。

これらの写真は、当時陸軍が戦地にいる兵士の士気高揚の為に撮影し送った、家族写真でした。

主人公のルポライターは「その写真に写っている99軒の家族が、戦後どんな生活をしているのだろう?」と、思い立ちます。

そして、彼らを訪ね歩く物語です。

しかし、そのあたりは東京大空襲で壊滅的な被害にあった地域です。

ほとんどの家族は、亡くなったという情報ばかりで、すぐには見つかりませんでした。

彼はそれでも諦めず、尋ねあるきました。そのうちに、少しずつ写真に写っている家族が見つかります。

このお芝居の最後のシーンは、この後すぐに東京大空襲で亡くなってしまう家族が、戦地にいる息子に送るための家族写真を撮るシーンです。

劇場では、周りの観客の「すすり泣く声」が本当にたくさん聞こえてきました。あっちでも、こっちでも。

今、この記事を書いてるだけで、僕もまた涙が溢れてきます。

この時の様子を、歌にしました。