憧れの津軽三味線奏者「高橋竹山」

こんにちは。
津軽三味線 唄うたいの「つむぎ人HIDE」です。

今日は、津軽三味線奏者である、高橋竹山さんについて紹介したいと思います。

僕の中では、津軽三味線と言えば高橋竹山!高橋竹山と言えば津軽三味線!というくらい凄い人です。

僕なりに、彼についてまとめてみたいと思います。

高橋竹山さんって、どんな人?

高橋竹山さんと言えば、津軽三味線の第一人者で、テレビで津軽三味線を紹介したその功績は大きいと思います。

略歴

1910年(明治43年)6月 青森県東津軽郡に生まれる。

本名は、高橋定蔵。

わずか3歳の頃、麻疹(はしか)をこじらせて半失明してしまう。

その後、近所のボサマ(盲目の門付芸人)であった戸田重次郎に三味線と唄を習う。

門付けとは、民家の玄関先である門口で芸事を行い、金品の施しを受けること。

喜んでもらえる場合もあるが、うるさがられることも多かった。

17歳ころから東北部・北海道を門付けした。

19歳の頃、親の勧めで結婚する。

竹山が三味線を弾き、妻が唄い二人で門付けをするが、生活苦のため早々に離婚する。

 

竹山さんはこの頃のことを、「乞食のようなもの」と言っている。

30歳に近づいた頃、祈祷師のナヨと再婚する

それなりに稼ぎのあるナヨは、苦しい時代の竹山さんを大いに支えている。

1944年  三味線では食べて行けない為、鍼灸マッサージ師の資格を取得。

一時芸の世界から身を引く。

1950年 この頃より、津軽民謡の神様と呼ばれた成田雲竹さんの伴奏者として各地を興行。

 その際に成田雲竹さんより、「竹山」という芸名を受ける。

1954年から雲竹さんとともにラジオ青森の民謡番組に出演する。

1963年 日本史上初となる、津軽三味線の独奏のLPレコードを発表。

この他、テレビ・ラジオや各地での公演の他、海外での活動などを行い、名実共に津軽三味線奏者の第一人者となる。

1977年に発表された映画「竹山ひとり旅」や、北島三郎さんが唄う演歌「風雪流れ旅」などの、モデルとしても有名である。

晩年は、現役を貫き通しながらも、弟子の育成に尽力する。

二代目 高橋竹山は、共に演奏活動を支えた内弟子の「竹与」さんが引き継ぎ、現在も積極的に活動中である。

流派

津軽三味線には、数多くの流派が存在します。

流派により得意な曲もまちまちで、津軽地方の民謡を中心に指導する流派や、民謡全般を指導する流派、また、津軽三味線の独奏のみを指導する流派など、多岐に渡ります。

高橋竹山さんの流派は、勿論「竹山流」となります。

竹山流は「弾き三味線」と言われています。

「弾き三味線」とは、激しく叩きながらも、流れるようなスピード感と繊細なバチさばきを見せる弾き方。

「弾き三味線」に対するものが「叩き三味線」であります。

「叩き三味線」とは、より激しく叩くことを見せる弾き方。

実際、竹山流以外は殆どが叩き三味線なので、竹山流か竹山流以外かという事になると思います。

僕の弾き方も、激しい叩き三味線なので、「竹山流」とは違う系列なんだろうと思います。

津軽じょんから節

では、そんな高橋竹山さんの演奏する「津軽じょんから節」を動画でご覧ください。

素晴らしい演奏ですね。

高橋竹山さんの安定したバチさばきは、一音一音がはっきりと粒立って聞こえるのが印象的です。

また、流れるようなリズムはスピーディーで、竹山流が「弾き三味線」と言われるのも頷けるような演奏になっています。

しかし、一の糸を叩いている時の音色は迫力満点です。彼が「兎に角目立てばいい!大きな音で、観客の度肝を抜けばいい!」と言っただけの事はあります。

独奏「津軽よされ節」

1964年 成田雲竹さんの伴奏者として、仙台労音の公演に参加した竹山さんは、主催者の求めに応じて津軽三味線の独奏を披露します。

津軽三味線の独奏者としての記念すべき第一歩の演奏です。

この会場で、この竹山さんの演奏を初めて聞いた人は、度肝を抜かれたことでしょう。

もし、今、目の前でこの演奏を聞いても十分ぶっ飛んでしまう程の演奏ですね。

津軽民謡(唄付け伴奏)

さすが名人二人の「津軽甚句」です。

僕の大好きな、津軽ものです。

僕は、今でも青森県民謡大会にはこの「津軽甚句」でエントリーしてます。

しかし、スラスラと息の合った、このような「津軽甚句」はなかなか聞けませんね。

素晴らしい!

高橋竹山アメリカ公演

続いて、1986年9月ニューヨークでの演奏です。この時、「高橋竹山」さんは、76歳です。

「なかじょんがら節、聞いてください」と言っているんでしょうか?

日本人の僕にも何を言ってるのか殆ど理解出来ない津軽弁でのMCですが、アメリカ人は理解出来たんでしょうか?

しかし、カンカンに貼った皮に、角のたったバチの音ですね。ツラツラとした演奏です。

聞くものをグイグイと引き込んでいく、魔法みたいなものを感じます。

映画「竹山ひとり旅」

1977年3月公開の映画「竹山ひとり旅」です。

進藤兼人監督作品で、高橋竹山役は故「林 隆三」さんが演じています。

高橋竹山さんが、竹山を名乗るまでの半生を描いた伝記映画。

生き抜くために、寝食をしていた時代の日本人を描いている。

高橋竹山さん自身のナレーションが入り、物語の説得力を深めています。

演歌「風雪流れ旅」

北島三郎さんの唄う演歌「風雪流れ旅」は、高橋竹山さんをモデルにしていると言うことは有名な話です。

この歌詞の意味は、竹山さんの自伝を読めばわかります。

3番の歌詞では、握り飯などの貢ぎ物をこっそりかくし持って、竹山さんの宿に忍び込んで来る娘のことを歌ってるんですね。

身体も大きく、顎の張ったいい男です。

竹山さんは、凄くモテたんですね。

意外とこういうことも、芸の肥やしになってるんでしょう。

よし、僕も修行で、門付けして回ろう!
ウソ!

ははは!

二代目「高橋竹山」

最後に後継者の二代目をご紹介します。

11歳で三味線の稽古を始め、18歳で「高橋竹山」のレコードを聞いた事をきっかけに、竹山の内弟子となる。

成田雲竹の格調高い津軽民謡も師 竹山から受け継ぎ、高橋竹代(ちくよ)の名で師匠と共に舞台に立つ。

1997年1月に二代目「高橋竹山」を襲名。

現在も、精力的に演奏活動を行なっている。

動画は僕の大好きな、二代目「高橋竹山」さんの歌う「津軽山唄」です。

まとめ

人が、人として「生きる」とは、本当に素晴らしいことだと思います。

高橋竹山さんは、人生を通してその素晴らしさを体現したひとりだと思います。

過酷な人生が想像されますが、それ以上に幸多き一生だったんじゃ無いでしょうか?

そして、そのことを津軽三味線の音色に表現したかったんじゃ無いかな?と思います。

高橋竹山さんの生き様こそ、まさに津軽三味線そのものだと感じるのは僕だけでしょうか?

そして、竹山さんの思いが、僕の津軽三味線にも乗り移り、あなたに届くとことを信じてこれからも演奏活動に励みたいと思います。

by つむぎ人HIDE